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2006年10月25日(水)
開催日 | 2006年10月25日 16:00-17:30 |
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会場 | 東京大学工学部14号館2階144講義室 |
『環境中化学物質の健康リスク:どこで線を引くか?』
講師:渡辺 知保氏(東京大学大学院医学系研究科・医学部)
<概要>
人類生態学とは:
人類生態学教室では、人間の生態の中でも人口・栄養・環境を切り口とし、「ヒト個体群が環境をいかに利用して生存してきたか」、「人間の活動が環境に与える影響と改変された環境から人間が受ける影響」という2つの課題に取り組んでいる。環境・健康リスク研究は後者に相当し、人口問題・食糧問題・環境問題の解決の土台となる人間集団とその活動に関する基礎的情報を提供することを目指している。
環境リスクと健康リスク:
環境リスクと健康リスクとは時にコンフリクトとなる。ヒトの健康は健全な生態系に依拠するにも関わらず、ヒトの活動は生態の健全性に悪影響を及ぼすものであるからだが、両者をうまくバランスさせていくことが大切。(例)生態系への影響があるとして1970年に禁止された DDTは、世界で問題視されるマラリアを媒介する蚊の駆除に有効であるため、2006年にWHOがその使用を肯定する見解を発表した。
バランス時代の健康リスク評価:
健康リスクで問題となるメチル水銀は、特に胎児の脳神経系発達に影響を及ぼす。魚介類に高濃度に蓄積される一方、魚介類は有用な栄養源でもあり、魚食の栄養学的メリットと水銀曝露へのリスクとのトレードオフが問題となる。日本では、厚生省が2005年に「妊婦は水銀濃度の高い魚を偏って多量に食べることは避け、魚食のメリットを保ちつつ、水銀の曝露を減らすことが望ましい」と対象者を明確にし、妊婦が摂取を控えるべき魚類・量を提示した。このように健康リスク評価においては、どこで線引きをするかが常に問題となり、複数のエンドポイントのどこまでを含むべきか、また性別や栄養状態などの修飾要因や時間スケール、他の化学物質との複合汚染の評価などを十分考慮しなければならない。
渡辺先生へのインタビュー
環境・健康リスクにおけるサステイナビリティとは?
環境リスクと健康リスクは、マラリアとDDTのように、あちらを立てればこちらが立たずという状況に見える側面もあって、その中でサステイナビリティとはなんだということになると思います。ヒトが未来永劫に地上を席捲する必然性はないでしょうが、不必要に速く没落するのはあまり好ましくないという意味では、結局ヒトの存続を抜くことはできません。しかも、ヒトがただ存続しているだけの世界を目標にするのではなく、そこで存続することを喜べるような世界でないと意味がない。そこまで視野にいれて考えるべきものがサステイナビリティだろうと思っています。”生き甲斐”といってしまうとサステイナビリティとは距離があるように感じられますが、おおむね、”いけいけどんどん”でやってきた人類にとって、その心的エネルギーのあらたな投資先がどこかということは、大変に重要なのではないかと思います。
日本、アジアが果たす役割は?
欧米やWHOが率先して作ってきた健康に関連する基準が、日本・アジアには適合しなかったり、有害化学物質の影響の現れ方が、先進国と途上国では同じでなかったり、ということがあります。社会的・遺伝的にそもそも異なるわけですから、これは当たり前です。サステイナビリティを考える視点も同じで、アジアが考えるサステイナビリティ像は、欧米と異なっていていい。特に、実際に築いていくべき社会のあり方について、アジア人は欧米人とはかなり違った見方をしているはずで、そういうモデルをどんどん出していく必要があると思います。
若者に向けてひとこと
大学生あるいはそれより若くて、まだ自分で喰っていない人、という意味でいうとすれば、自分が興味を持って、時間をかけて取り組めるようなものを見つけること、そういうものを見つけられたら、そこに”没入”せず、そこを足場に世界を切り広げていく努力をすること。そういう個人的な探求が、実はサステイナビリティのような、”みんなの”課題の発見と結びつくのだと思います。
大人に向けてひとこと
小さい子供を持つくらいの世代の人という意味でいえば、サステイナビリティの問題は、遠い将来の話ではなく、子供やその子供にとってはさらに切実さが増すくらいの時間的スケールをもった問題であるということを時々考えてほしい。